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地上の楽園・タヒチ(仏領ポリネシア)の歴史

地上の楽園・タヒチ(仏領ポリネシア)の歴史

タヒチ(仏領ポリネシア)の人々の先祖は、
私たちと同じモンゴロイドで、今から約3000~4000年前に
東南アジアから太平洋を南に下り、3~4世紀ごろに
現在のソシエテ諸島などに定着しはじめたと言われています。
17世紀以降、西欧の干渉を受けつつも独自の文化を守り、
豊かで美しい自然とともに生きる姿ともてなしの心で異国人を魅了し、
「地上最後の楽園」の異名で知られるまでになりました。

タヒチの歴史・先住民モンゴロイド時代

タヒチ(仏領ポリネシア)の人々の先祖、モンゴロイドは
東南アジアから太平洋を南下し
3~4世紀ごろにソシエテ諸島に住むようになりました。
その後5~8世紀頃に、西ポリネシアからやってきたポリネシア人が、
この海域の島々を発見し、定住していきました。
その後、ハワイやニュージーランド、イースター島などに拡散していき、
14世紀ころまでに、一大ポリネシア文化圏が出来あがりました。

タヒチの歴史・ヨーロッパ人の訪れ

はじめにヨーロッパ人が訪れたのは、
1595年にスペイン人の探検家が、マルケサス諸島の4島に上陸、
その後1606年にポルトガルの航海者がトゥアモトゥ諸島のハオ島に、
1767年にはイギリスの航海者がタヒチ島を訪れています。
当時、ヨーロッパでは「南方には巨万の富がある」と
多くの人が信じており、その後も続々と訪れています。
そしてタヒチを訪れた人達は国へ戻り、「地上の楽園がある」と伝えました。

タヒチの歴史・フランスの植民地となった地上の楽園

タヒチ島は1791年よりポリネシア系のポマレ王朝によって支配されていました。
しかし1842年、女王ポマレ4世はフランスの圧力に屈し、
タヒチ島とモーレア島をフランスの保護領とする条約に署名しました。
そして1880年、ポマレ5世は主権をフランスに譲渡したため、
タヒチ島はフランスの植民地となりました。
その後タヒチ(仏領ポリネシア)は、急速に商業化が進んでいきました。